<田中 千恵子 選>
金賞汗輝る腰の痛みがハケに消え
作者は塗装業のひと。朝から腰が重い、痛いと感じながらも仕事をしていると、やがて汗がふき出し、いつの間にか腰の痛みが消えていた。仕事道具のハケが痛みを吸い取ってくれたかのようだ。一心に仕事に打ち込む姿が好もしい。
銀賞刃こぼれ鋏をおとぎて年の暮れ
新年をさっぱりとした庭で迎えたいお客さんから声がかかり、引張りだこの毎日だ。商売道具の鋏は刃こぼれし、仕事が終るとその手入れを念入りに。あわただしい年の暮の一幕である。
銅賞墨つぼに生けし一輪寒椿
墨壺は直線を引く時に使う大工道具。面白い形をしているので、それを花器として一輪の寒椿を生ける。女性ならではの柔軟な美の感性である。
佳作聖五月青い法被の宮大工
五月の青空とそろいの青い法被を着た宮大工。何か歴史的な仕事にとりかかろうとしているのだろうか。
佳作ふしくれ手濯ぎて絞る春の水
洗濯機ではおちないよごれを洗っているのかも。春の水はまだ冷たかろう。
佳作甲斐犬の目に凍星がひとつずつ
甲斐犬は日本土着の和犬。この甲斐犬はまだ幼いのか。眼にひとつずつの凍星が愛らしい。
佳作泥を手に汗を背に負い糧を得る
泥にまみれ汗を流して金を得る。現場の労働とはそういうものだ。今も昔も。
佳作値段みて少し小振りの秋刀魚買ふ
ちらっと値段を見て〈え、こんなに高いのか〉とためらうも、小振りの秋刀魚を買う。庶民の実感である。