第40回 仲間の作品コンクール 川柳の部

<高鶴 礼子 選>

金賞その人のその指見つめ生きている石川 小夜子さん(調布支部)

 「その人」なる御仁は、どのような人であるのか、そして「その人」は《ここに描かれたひと》と、どの様な関係にあるのか、そうしたことを、あえて語らずに差し出されたことによって、《ふくらむ語り》となっていることにお気づきいただけるでしょうか。「その人のその指」なるものが、この人こそが人生の先達であると、《ここに描かれたひと》が胸に秘め、対峙し続ける、そんな「その人の指」であるとも、眼前に横たわる、もはや、自力では動くことすらも叶わない大切な人が、時折、何か言いたげに震わせる、そんな「指」であるとも、幾方向にも解せる語りとなっているところが秀逸です。どのように読んでも、この句が湛えきてくれている《ここに描かれたひと》が対峙しておられる懸命、そしてその心の現在地が指し示す状況は微動だにしません。自身の《生きる》のために凝視し続けてゆくものを、指標とすら成り得るべきものを、単なる誰かさん(即ち「人」)で終わらせることなく、「その人」の「その指」である、とした措定が、《ここに描かれたひと》の思いを得難いアクチュアリティーとともに刻み尽くしてくれているからです。加えて、注目すべきは「人」と「指」という二つの言葉に付されてある連体詞「その」でありましょう。それを二度重ねて使うことによって、《ここに描かれたそのひと》の《思い》は確と焦点化され、情趣の切実さが弥増されることとなりました。じんと沁みくる造形の、措辞の背後からあふれくる凛とした情趣を、嬉しく、頼もしく、抱きしめさせていただきました。

銀賞干からびた雑巾絞り まだやるか北村 享一さん(調布支部)

 「干からびた雑巾」そしてそれを「絞」る、という措定が伝えきてくれているものに、じんと打たれます。上・中に据えられた「干からびた雑巾絞り」という言葉たちが、字義に留まることなく、たくましい修辞として、読者である私たちの元へと迫り来てくれるのです。修辞であるからには、解釈は読み手の数だけあることは言うまでもありません。けれど、私は、この句のこの言葉たちに、一つの像を見届けさせていただいた、と、言い切ることと致しましょう。「雑巾」が「干からびる」までには、「雑巾」の「雑巾」ならではの踏ん張りと必死、それらを包括した生き様があります。「干からび」てしまってさえ、なお、ここに描かれた「雑巾」は「絞」られる宿命にあり、そうした状況を負い、それと対峙し続けるのです。私はこの「干からびた雑巾」という措辞を「社会的弱者」に対する修辞であると解します。干からびてしまっているのに、まだ、絞られる―ー。そうした状況が存在している、してしまっている、ということを、作者は、まず、指し示された上で、その次の象限に生じるであろう状況に対する問題を提起しておられるのです、「弱者」ではない位置にいるすべての人々よ、おまえたちは、「まだやるか」、まだ、やるのか、と―ー。突きつけられてあるこの問いが、詰問であると同時に断罪とも成り得ているところが極上の魅力であると言えましょう。この問いかけに、私たちはどの様に応えるのか、応え得るのか。その答えは私たち一人一人に委ねられています。問答は無用。動かねばなりません。

銅賞戦争を悟らぬ罪に命散る丹野 俊彦さん(西多摩支部)

 おお、まさに。その通りです、と、大きく頷きたくなります。「戦争」というものがどういうものであるのか、何をもたらし、何を失わせしめるものであるのか、そうしたことすべてを「悟らぬ」ままでいてしまっていること、そのことこそが「罪」なのである、と―ー。そうして、その「罪」ゆえに、至るところで「命」が「散」り続け、「散」らされ続けてしまっているのだ、と―ー。「戦争」という措辞に対して、「知る」ではなく、「悟る」という動詞を採り合わせておられるところが眼目です。それによって、単なるスローガンや標語に留まらない造形が生み落とされることとなりました。「悟る」という概念にまで辿り着いて下さった作者の感性、そしてその視座の得難さに、心からの賛同と、拍手を捧げます。

佳作この指よ七十年もありがとう中野 敬子さん(調布支部)

佳作優しさと言う名の偽善 溢れてる伊野 里美さん(調布支部)

佳作もらい火で思い出全部灰となる冨士 勲さん(調布支部)

佳作病院で元気ですかと医者がきく比留間 哲さん(台東支部)

佳作声高に笑った父はもういない小野寺 幸子さん(調布支部)

補欠無知でした 周りに言われ知りました三浦 壮史さん(調布支部)

補欠今も尚 この地は戦地 終わっていない山内 ヨシ子さん(調布支部)

総評

 今回も、川柳という詩型を通して、大勢の皆さんの裡にある、たったひとつの《私》と出逢わせていただけたこと、大きな歓びでした。何気ないできごとや、ひょんなことから芽生え来て、遭遇することと相成った様々な感情を、言葉にしよう、と、挑んで下さる皆さんが、こうして、ここに居て下さるということ、これを書きたい、これを書こう、と、思って下さる瞬間を、それぞれの皆さんが大切に携え、向き合おうとして下さっていること、感無量でした。

 さて、恒例となりました佳作の方々へのメッセージです。
一句目の敬子さん、「指」というものを、このような角度から見つめ、捉えておられるということ、その視座の新鮮さにハッとさせられます。「七十年」という歳月が《ここに描かれたひと》にもたらしてくれた様々なできごと。それを、共に体験し、時には自分を導くかの様に尽力し続けてくれたもの、それが、この、ここにある「この指」であるのだ、と―ー。そう思って、しみじみと自身の「指」を見つめる《ここに描かれたひと》の心象が沁み来てなりません。体の一部分は、決して、自身の従属物などではない、たいせつな同行者であるのだ――という気づきが、得難い造形を産み落としてくれることとなりました。視座の新鮮さが、何と言っても眼目です。
二句目の里美さん、まったくもって、その通り! と、大きく頷きます。そうなのです、「優しさ」が、本当の意味での「優しさ」ではなくて、「偽善」と呼ばれるものになってしまっている状況が、この世には確と存在してしまっているのですよね。悪気はなかったはずなのに、基点は、「優しさ」であったはずなのに……、境目は、いったい、どこにあるのでしょうか。「優しさ」と「偽善」は、どこがどう違うのでしょうか。そもそも、なにゆえに、「優しさ」であったはずのものが「偽善」へと変質してしまう、などということが起こってしまうのでしょうか。差し出されてある問いかけの真っ当さ、そして誠実さが迫り来ます。答えを出すのは、否、出さなければならないのは、今を生きている私たちひとりひとりなのだ、と、問いかけの重さを改めて噛みしめること頻りでした。
三句目の勲さん、物語がじんとふくらみくる造形に感じ入ります。「もらい火」が「思い出」を「全部灰」にしてしまったと呟く《ここに描かれたひと》。その「もらい火」という措辞が、火災を引き起こす物理的な意味合いでの「もらい火」に留まらず、心象的な「もらい火」とも解せる形で差し出されているところが秀逸でした。「もらい火」は「もらい火」であって「もらい火」にあらず。たったひとことの言葉が、何気ない仕草が、まなざしが、心をズタズタに燃やし尽くしてしまう「もらい火」となり得ることの切なさ、如何ともし難さ。それらが、自然体の語りに乗せて、字義の背後に立ち上がりくるのです。「灰になる」とだけ、語って閉じておられる描出にあふれくる余情、その絶大さに惹かれました。
四句目の哲さん、川柳伝来の情趣であるところの《うがち》が、いいお味を醸し出してくれています。そうなのですよねえ。「元気」だったら、「病院」になど、来ないですものねえ(笑)。なんで、それを医者であるところのあなた様が、わざわざ、ご丁寧にお尋ねになるのか、と―ー。日々を、ただ単に、ぼおーっとして過ごしているだけでは気づかない事柄を、見逃すことなく、捉え、差し出しておられるところが楽しい魅力でした。
 五句目の幸子さん、お父様を思う《ここに描かれたひと》の心象が、他人事とは思えない様な実感と共に迫り来ます。何かを話すたびに、《ここに描かれたひと》のお父君は、にこやかに、そして、「声高に」笑っておられたのですね。お元気で、何より、一緒にいる方々との時間を大切になさるお父様でいらしたことが、よーく伝わり来ます。その、ご生前のお父君の明色を、冒頭に掲げられたのちに告げられる「もういない」という寒色の現在地。対置の見事さが、父君を想う《ここに描かれたひと》の心を静かに刻み来てくれています。じんと立ち止まらせていただきました。

 何を言っても、言わなくても、どう足掻いても足掻かなくても、刻限は、その歩みをとどめてはくれません。一刻一刻は進み行き、私たちはいつしか、末期と呼ばれる一瞬と巡り合うこととなります。なってしまうのです。だからこそ―ー。
私たちの目の前にあるなにものかを、それらが私たちの心に見せてくれるなにものかを、見過ごすことなく、気づき、留めようとすることには、言い難い尊さがある様に思えてなりません。どうか、向き合ってあげて下さい。この一瞬の刻限と、そうして、その一瞬の刻限と居る、あなたの中の《私》と―ー。川柳でなくても構いません。書くことを続けていると、見えてくる何かが、きっと、あります。どうか、どうか、それを捕まえてあげて下さい。あなたの中の《私》のために。

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