第36回 仲間の作品コンクール 短歌の部

<碓田 のぼる 選>

金賞昼餉どき指のペンキをぼろに拭く かくして五十六年が過ぐ山田 訓さん(北支部)

 この作品で、もっとも注目したのは、三句「ぼろに拭く」の助詞「に」である。一般には「で」となるであろう。しかし、「で」では下句の「五十六年」は呼び起こせない。「に」というとき、来し方の生活も呼び出してくるのである。この一字の選択はあざやかである。

銀賞リハビリを頑張れと言う医者はただ パソコンたたいて我を見ず言う岩武 佐代子さん(多摩・稲城支部)

 医者と患者の診療の一場面。昔は、両者の間に人間的な言葉の交わし合いがあった。今は機器による数字の伝達だけ?と云ったことに対する作者の強い批評をこめた一首である。それだけではなく下句には医師のがわに立った作者の目も感じられる。

銅賞墨つぼの糸を木肌のピンとはり 尺で家建て夫は逝きたり五味 みゆきさん(府中国立支部)

 昔ながらの作法で家を建てて来た夫への、いとしみをこめた鎮魂歌である。上の句は、ある日ある時の、夫の緊張した手許を見つめてのリアルな表現。「尺で家建て」とは、夫の生きて働いた時代の喩ゆであろう。

佳作使うこと無かれと願いつ又しまう母が残した防空頭巾篠田 綾子さん(葛飾支部)

 作者の平和への強い願いを、母の残した「防空頭巾」によせて歌っている点はよかった。作品世界のひろがりが、もうひとつほしかった。

佳作この国の為政者たちの心へとバチカン聖者の「非核」よ小野 かほるさん(西多摩支部)

 ローマ教皇の強い非核のメッセージに感動、共感して歌われたのであろう。上の句の「この国の為政者たち」への具体的な批判がないのが惜しい。

佳作高齢の耳遠くして百金を借金と聞く晩秋の朝中野 加代子さん(村山大和支部)

 「百金」と「借金」という言葉はほとんど同じように聞こえる日本語であるが、「借金」という言葉には人間の暮らしがはりついているよう。そこをもう一歩よみ込んでほしかったと思う。

佳作谷川岳岩壁登りし若き日を宝のごとき思い出となす諸星 武司さん(多摩稲城支部)

 若い日の登山の思い出を「宝のごとき」と言ったのは作者の工夫した表現であろう。しかし結句「となす」はつきはなした感じで宝が軽くなろう。

佳作やさしくてしなやかな娘に育ちたり初孫葵二十歳を迎う山田 瞳さん(北支部)

 初孫が成人となった喜びが、定型のリズムもよく安定した感じでおさまっている。それはよいとしても歌の世界が閉じられている感じがする。社会へ飛び立つ孫の窓がほしい。

補欠老いてなお本を読みたし物見たし手術に堪えて今はしあわせ小野 満さん(村山大和支部)

 表現したいことを一つにしぼることが必要。原作は上句は望み、下は満足ということになっている。

補欠認知症母を亡くして将来は自分の番かと焦せるこの頃長南 弓子さん(品川支部)

 「焦せるこの頃」と作者は言うが、その「焦せる」思いが、具体的には表現されていない。

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