<田中 千恵子 選>
金賞腰袋 くるりと落とし 仕事納
この1年、目には見えないコロナウイルスに脅かされ続けた日々であった。仕事はへったが、コロナにかからず怪我もせず、何とか無事に「仕事納」の日を迎えることが出来た。その安堵感が「腰袋くるりと落とし」によく表われている。終息の見えないコロナ禍だが、今年の「腰袋」には、〈希望〉という明りを入れておこう。
銀賞雪催い 降ってくれるな 仕事が止まる
「雪催い」は雪が降る前兆である。空が墨を流したように曇る。それを見て、明日は雪か、と職人たちは感知する。掲句では、仕事に出られなくなるから「降ってくれるな」のストレートな言葉が切実だ。仕事が天候に左右される現場職人の典型的な1句といえよう。
銅賞チチロ鳴く 取り壊し待つ つかの間を
「取り壊し」は明日か、明後日か。長年その家に住んでいた人はもうすでに引越して誰もいない。空家になった家の草むらでチチロが鳴く。それはかつての住人の哀惜の思いのように聞える。しみじみと来し方行く末を思わせる一句である。
佳作鉋研ぐ 手元に温かき 春の風
佳作鼻唄に のせて壁塗る 遅日かな
佳作怪我よりも 怖しコロナや 寒に入る
佳作熱燗を 換気しながら 酌み交わす
佳作年の瀬や マスク美人も 小走りに
1句目、水を差しつつ手研ぎをする鉋。その手元に春の風が。実感の1句。2句目、日脚がのびて春。鼻唄にのせて、がいい景となっている。3句目、仕事を休まなければならないので、職人は怪我が怖い。それにもましてコロナは死に至る人もいて、怖い4句目、換気をし、ソーシャルディスタンスで席をあけ、それでも気のおけない仲間と酌み交わす酒はうまい。5句目、マスク美人もマスク美男子も年の瀬は皆走る。今年の暮は、マスク無しで走りたいものだ。