<碓田 のぼる 選>
金賞鉄材を掴みクレーンは龍のごと 氷雨の中を階かさねゆく
氷雨の中の建設現場の光景である。写実的に、ゆるみないリズムで最後まで歌っている点は見事である。クレーンを擬人化することによって、作者の詠嘆はおさえられている。わずかに「氷雨の中を」の「を」に作者は吐息をもらしている。
銀賞畳目の程の陽がのびコロナ禍の どこかに何かが灯る
重苦しく陰うつなコロナ禍の日々に、畳目ほどではあるが、春に向かって陽ざしが一日一日と伸びてゆくことに、作者の繊細な感性が反応しているのである。陽が伸びる―明るくなるという連想が、灯ったものの正体であろうか。
銅賞仮設灯一ツ二ツと点しおり 脚立に上り一人線張る
この作品には、冗舌な言葉はないが、夕まぐれに点る仮設灯は、作者の労働によるのであろう。作者はそれを誇らしく見ながら、電線を張ってゆく。それゆえ、この昨品に孤独感はない。一首、作者のその姿がありありとする。
佳作家族にも書いてもらうと署名用紙 もちゆく少女に八十が頭を下ぐ
署名運動の広がりを歌っていて、ほほ笑ましい感じが誘われる。一種全体としての説明的な感じで、緊張感が弱くなっているのが弱点。
佳作凛として華の八十七だぞと 意気がる吾に妻が頷く
作品の「凛として華の」は、抽象的なので、具象的に歌った方が良いと思う。妻の表現部分が簡単すぎるため、感動を浅くしている。
佳作「お外を走りたいな」と言う孫五歳 「今日は我慢ね」と婆さも切なし
コロナ禍の「自粛」の中の一光景であろうか。下句はよく表現されているが、上句は孫の表現部分が軽くなっているのが気がかり。
佳作辛き時哀しき時も吾が心 短歌に詠みつつ耐えて生ききし
作者の心境詠として理解できるが、上の句はもっと具体的に歌った方が、作者の短歌に支えられて生きている心境が強く表現されよう。
佳作人情や義理が大事な下町に 長閑に響くは湯船の吐息か
結句の「吐息」を作者が「長閑」と聞いているところに違和感がある。下町を表現する上句が、ややありきたりすぎるので工夫が必要。
補欠曇天の草むら蛇が音もなく 身をくねらせて不気味に消える
蛇と出会った作者の不気味な感じが、もう少し深く表現できると良かった。
補欠幼子を優しくいだく慈母観音 母を思いてそっと手合わす
一句ごとの意味のつながりは、この作品の場合三句と結句であろう。「慈母観音にそっと手合わす母を思いて」。